材料の強度と破壊>石油タンク破損事故防止の研究経緯
石油タンク破損事故防止の研究経緯について
1. | はじめに | ||||||||
1974年12月18日、瀬戸内海に面した製油所で、ドームルーフタンクの溶接部に割れが発生し、重油が漏洩した。タンクの直立階段の転倒で防油堤が破壊し、流出した重油が排水溝を経て瀬戸内海へ拡散した。海上でのオイルフェンスの展張作業も難航し、重油の流出量は約8万キロリットルにも及び、瀬戸内海の1/3が汚染されるという空前の大事故となった。直立階段の設置工事をタンクの水張り検査中に行い、基礎固めが不十分で基礎地盤が局所的に沈下し、タンク本体に過大な応力が作用したことが、割れの原因である。本事例を契機として石油コンビナート等災害防止法が制定され、また消防法が改正された。この重大事故を契機に、石油タンク事故原因に関する研究が多く始められた。 |
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石油タンク破損事故の原因調査によれば防食不良,設計不良,検査不良,保守不良等に起因する欠陥などに,力学的因子,例えば,不等沈下による応力集中,地震による慣性力などが加わったために生じた例が多い。その中で,特に腐食などの電気化学的因子と力学的因子の相乗効果によるものが事故原因の大半を占めている。これらの原因による石油漏出などの事故を防止するために,タンクを解放し,底板の板厚を測定し,板厚が腐食によって規定量以下になったものに対しては何らかの補修を行うことが義務づけられている。石油タンク底板あるいはアニュラー板のすべての部分の板厚を測定することは不可能であるので現実的にはある一定間隔の位置の箇所の板厚を測定している。強度的に問題である箇所が測定からもれる可能性があることや,残存寿命を最小板厚(最大腐食量)のみで判断して適切かどうかと言う問題も生ずる。過大な安全を見込んで判断したいるのではないかと言うことも考えられるが,一方,逆の場合も予想される。また,板厚の測定には,大変な労力が必要である。少ない労力で適切な判断ができれば理想的である。そこで,残存寿命を正確に予測し,より安全で,正確な判断基準を得ることを最終目標として,腐食状態を詳しく把握することなどの基礎的なことを調べることから研究をスタートとした。 当時、東北大学の研究室の先輩で、後に所長になられた亀井浅道氏が消防研究所におり、指導やデータ、情報の提供を受け研究を進めた。また、さんがく共同研究を行っていた東電工業からもタンクのデータの提供を受けました。 石油タンクのアニュラー,底板の板厚測定データを統計処理をする方法が提案され,腐食の進行程度をかなり良く表し,残存寿命を判断する有効な手段であることが解ってきた。それによると,腐食の様相は,必ずしも最大腐食量のみによって表現されるものではないことである。 石油タンクを構成する鋼材の腐食に関する研究は多いが,構造物としての石油タンクの腐食挙動については,実際の環境を取り入れた研究は少ない。以下では,一般的な石油タンクの腐食の傾向や腐食の進行程度をこの統計的な方法で表わすことや,石油の受け払い時に石油タンクアニュラー板や底板に作用するのは繰り返し荷重であることを考慮して,腐食を受けた材料がどの程度の疲労強度劣化を生じているかについて,研究室で得られたデータと結果をもとに述べる。 |
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2. | 石油タンクの腐食について | ||||||||
一般に,構造用鋼は腐食されやすく,石油タンクにおいても例外ではない。外気に接する屋根上部,側板外面,底板およびアニュラー板の基礎砂と接する面などは,他の構造物と同様腐食されやすい環境にある。石油タンク底板,アニュラー板は,雨水の侵入による外面腐食と,貯油に混入した水分や腐食生成物が底板上に滞留することによって内面腐食を受ける。力学的には,全面腐食は余り問題ではないが,ピットをともなう局部腐食が問題になる。腐食の程度が激しい場合は,底板を貫通し,貯油の漏洩につながる。貫通にいたらなくとも,板厚の局部的減少は,部材に発生する応力の集中を引き起こすことになる。特にT型溶接部付近は,高応力部であり,この部分に腐食孔が存在する場合はきわめて危険な状態になる。 強度的に腐食が問題となる部材の底板とアニュラー板の腐食の様相について調べてみる。底板には通常SS400鋼板が用いられ,大型のものについては側板下部近傍を環状にアニュラー板が設けられ,材料として 60 kgf/mm2級の高張力鋼が使用されることがある。タンクの腐食は貯蔵液に面する側の腐食を内面腐食,地盤に接する側の腐食を外面腐食(あるいは裏面腐食)と呼んでいる。 |
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図1 石油タンクの構造例 鋼板はSS400が多い |
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2.1 | 内面腐食の様相 | ||||||||
この腐食はタンク解放時に目視により直接観察可能であるが,一見すると滑らかであっても良くみると小さな腐食孔が存在しているのが普通である。また,腐食環境の条件が揃った場合,腐食速度は速く,新設のタンクで1年間灯油を貯蔵した結果,最大深さが
0.8 mm に達した事例がある。また,腐食しやすい箇所は次の通りである。 (1).窪みとなっている箇所 貯蔵液に混入している水分底板上の窪みに集まり,水が関与して起こる電食による腐食 (2).ヒーテング・チューブのサポートまわり (3).溶接による熱影響部 溶接近傍は,溶接時の入熱により金属組織が変化し,このために引張の残留応力が発生している。この熱影響部に沿って孔食が生ずる場合が多い。 (4).機械的に塑性変形を受けた箇所 曲げなどの塑性変形を受けた箇所は,残留応力が生ずるので,周囲の変形を受けていない部分に比べて腐食されやすい。施工時の器具や構造部材の接触による窪み,打ち傷などの箇所はこれに相当する。 次に,内面腐食の主な要因をまとめてみると次のように大別される。 a.底板上に滞留する水分 局部腐食は,腐食環境,材料,力学的要因の3要素が関係し,局部電池を形成することによって生ずるが,腐食環境における電解質溶液の水分は不可欠である。タンクの場合,ドレイン,バラスト,雨水,空気中の水蒸気の凝縮によって供給される。水溶液中の溶存酸素は錆の成分に使用されるので,腐食速度に大きく影響する。水分中の塩分は腐食に影響を与え,NaClの濃度が3%(海水と等しい濃度)の時,腐食速度が最大となる。 b.材料の問題 基本的には,材料の不均質な部分,表面状態の変化している部分に局部電池は形成され,腐食が生ずる。鋼材表面のミルスケールは母材の保護効果があるが,ひとたび力学的要因により割れが生ずると,この部分が集中的に腐食される。また,P,Sの元素は腐食を促進し,Mnは腐食速度を抑えると言われている。 c.施工時による問題 曲げなどの塑性変形を受けた箇所は,残留応力が生ずるので,周囲の変形を受けていない部分に比べて腐食されやすい。施工時の器具や構造部材の接触による窪み,打ち傷などの箇所はこれに相当する。溶接近傍は,溶接時の入熱により金属組織が変化し,このために引張の残留応力が発生している。 この熱影響部に沿って孔食が生ずる場合が多い。 d.稼働時に発生する問題 石油タンクの堆積物であるスラッジは,水分と塩分を含んでいるので腐食には有害である。また,タンクの撹拌は,液流が腐食を促進させる他に,堆積物の移動が酸化物とミルスケールを取り,酸素を供給しやすくする。 |
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2.2 | 外面腐食の様相 | ||||||||
底板の外面腐食は,タンクの構造上観察は不可能なので,タンク内部から超音波厚さ計を用いて板厚を測定し,腐食の状態を把握する方法が一般的である。漏洩事故がおきた以後、大型石油タンクについては、5年に1回の板厚測定(30cm間隔)が義務づけられていたが、現在は10年に1回となっている。 (1).タンクの構造上の問題 石油タンクの腐食は,必ず水分の存在のもとに生ずるので,基礎を含めて水分と接触しない状態に保てば理想的である。実際には,雨水,地下水,大気中の水蒸気等が供給源になって底板裏面に達し,腐食環境が形成される。 従って,水分が到達しにくい構造,基礎砂の湿分などによって影響を受ける。 雨水に対しては,犬走り面とアニュラー板張り出し部の接合部からの雨水の侵入を防ぐ構造,地下水位の比較的高いところではオイルサンドなどの基礎砂の湿潤を防ぐ構造が必要となる。その他,迷走電流による腐食に対する電気防食も考慮する必要がある。 (2).施工上の問題 基礎砂の性質はかなり腐食に影響を与える。通常,海砂は塩分を含むため使用されないが,海水と淡水が混じり合う可能性のある箇所の川砂を使用する場合は腐食が加速される。また,施工中に木材が基礎砂中に埋められていた場合に,木材は水分を含有しやすいことにより,その部分の底板が腐食を受けた事例がある。 構造物としての石油タンクの腐食挙動については,実際の腐食環境を取り込んだ研究は少ない。漏洩事故防止,タンクの経済的な運用の観点から,今後一層の研究が必要である。 タンクの腐食の進行度合いを表す量として,最大腐食量が用いられるが,腐食の状態を把握するのに,板厚方向の減肉量をヒストグラムで表す方法が有効になってきている。またさらに,これを発展させた極値統計法を用いるとタンクの残存寿命を推測できることが明らかになってきた。 |
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3. | 石油タンクに生ずる応力について | ||||||||
石油タンク破損事故例をみると,破壊が発生する部位はアニュラー板(または底板)と側板のT型溶接部に沿っていることが多い。Denhamらは,タンクを弾性体,地盤を剛体と仮定してタンクに生ずる応力の解析を行っている。ここでは,種々の条件を変化させ,計算を行った。図2のようにタンクに貯蔵液が入っているとき,側板,底板,アニュラー板には液圧が作用し,側板は変形する。その結果,T型溶接部分にはモーメントが作用し,アニュラー板は図3のように浮き上がると考え,図2のようなモデルを使用し、応力計算を試みた。アニュラー板に生ずる応力の計算を行ったが、浮き上がり長さLが大きいほど生ずる応力は大きく,T型溶接部分にはかなり大きな応力が生ずる結果を得た。溶接による材料の変質と強度劣化の条件が重なることになる。 石油の受け払いの際には,この応力が繰り返し負荷されるので,腐食環境下での低サイクル疲労の場合に相当する。 |
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図2 側板、底板に作用する荷重 |
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図3 アニュラー板の浮き上がり現象 |
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* | 溶接による材料の変質 | ||||||||
炭素鋼をオーステナイトの状態から徐冷する場合と空冷、油冷、水冷するなど冷却速度が変化すると生ずる組織が変化する。溶接の場合も高温状態から空冷されるので、この近傍の材質は他の部分と異なる。この領域を、溶接による熱影響部という。組織に対応し、硬さ分布は図4のようになる。強度は上がるが伸びは減少する、もろい組織になる。高張力鋼などの合金鋼では、水冷の場合のマルテンサイトが生ずることもある。組織変化により、熱影響を受けない組織との結晶学的な構造が異なるためギャップが生じ、残留応力が生ずる。 また、溶接によって溶接欠陥箇所は避けられず、切欠きが存在することになる。 T型溶接部は、大きな応力が作用するほかに、このような強度低下の状態にある。 |
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図4 溶接による熱影響部の硬さ変化 |
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4. | 石油タンク破損事故防止の研究一覧 | ||||||||
昭和53年(1978)年以降、13年間にわたって研究したテーマを示す。 |
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●石油タンク底板腐食の形態学的研究 ●石油タンク構造部材の強度 ●石油タンクの事故と防食対策 ●石油タンク底板の低サイクル疲労強度 ●腐食材の低サイクル疲労強度劣化 ●再結晶現象に及ぼす塑性ひずみの影響について ●低サイクル疲労特性に及ぼす腐食孔の大きさについて ●大型石油タンクアニュラー板に発生する応力について ●SS41材の3%食塩水中における腐食について ●有限要素法による腐食孔近傍の応力解析 ●腐食現象のシミュレーション ●極値統計による寿命予測 ●腐食材の残存寿命推定プログラムの設計 |
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5. | タンクの仕様例 | ||||||||
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*SM材は低温脆性破壊を防止するために使用している材料である。 *材料記号は旧JISです。 |
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材料の強度と破壊>石油タンク破損事故防止の研究経緯