材料の強度と破壊>GFRPの疲労き裂伝播特性について

GFRPの疲労き裂伝播特性について
小 山 信 次
1. はじめに
 複合材料であるGFRPは,ガラス繊維で強化された熱硬化性プラスチックスであるが,高比強度,耐食性,絶縁性など有用な性質を有し,航空,宇宙,パイプ,耐食機器,電子部品,自動車など多くの分野で幅広く使用されている。
 本報では,引張試験と疲労試験を行い,GFRPの静的,動的破壊特性を調べ,破壊機構について考察した。
 
2. 実験方法
 本実験で用いたGFRPは平均板厚 3mm,ガラス繊維35%、母材は不飽和ポリエステルである。ガラス繊維は平織りクロスである。応力ーひずみ曲線を得るための引張試験に用いた試験片は図1のような形状,寸法のものである。引張試験は,容量10tonfのネジ式引張試験機を用い,0.05mm/min の変位速度で荷重を負荷した。静的破壊特性を調べるための引張試験と疲労試験に用いた試験片の形状,寸法を図2に示した。疲労き裂の伝播特性を調べるために中央にスリットを入れた。き裂が成長すると思われる領域をバフ研磨まで研磨した。試験機は,容量5 tonfの電気油圧式疲労試験機を用い,繰り返し速度は 15 Hzで,き裂長さの測定時は1 Hzまで繰り返し速度を落とした。き裂長さは,1,000cycle毎に測定し,き裂の測定には 0.001mmの精度を有する遊尺顕微鏡を用いた。また,疲労破断後,電子顕微鏡にて破面観察を行った。さらに,き裂伝播の機構を調べるために,ある程度のき裂が成長した繰り返し数で疲労試験を停止し,試験片の数箇所から試料を切り出し電子顕微鏡で観察した。

図1 引張試験片


(a)

(b)スリット形状
図2 スリット付き疲労試験片
3. 結果および考察
3.1 引張試験
 図3は,引張試験で得られた応力ーひずみ曲線である。降伏は示さず,最終破断時の伸びもかなり小さい。ヤング係数が金属と比較して小さいので,全ひずみ中の弾性ひずみの占める割合はかなり大きい。引張試験で得られた機械的性質の値を表1に示した。

図3 FRPの応力ーひずみ曲線
3.2 疲労試験
(1) 疲労き裂伝播の様相
 疲労試験は,平均応力 σmean = 62.8 MPa,応力振幅σa = 47.2 MPaのかなり高応力に設定した。疲労き裂は高応力振幅のため1サイクル目にスリット先端部より発生した。また,1サイクル目の最大荷重に向かう付近のところでピンという音が多く発生した。スリット先端のガラス繊維が高応力集中のため破壊したと思われる。
 図4はき裂長さと繰り返し数の関係を示したものである。図5には比較のためにSS41材の場合を示した。疲労き裂は最初の繰り返し数で急激に成長し,その後あるサイクル数の間,き裂の成長は停止し,以後この状態を繰り返している。図5のSS41材の場合と比較するとかなりき裂の伝播は不連続である。そこで,観察結果を考慮してこの不連続的な伝播のそれぞれの期間でどのような現象が生じているのか5つの領域に分けて調べてみた。
 @の領域は,繰り返し数,0 ー 6000 cycle,き裂長さ 4.960 ー 7.231 mm の範囲で,き裂が急激に成長した範囲である。この区間では,マトリックス部分が,切欠きの応力集中効果によってき裂発生後,き裂が急激に伝播したと考えられる。
 Aの領域は繰り返し数, 29,000 ー 108,000 cycle,き裂長さ 7.776 ー 7.882 mm の範囲で,き裂の進展はほとんどない。き裂先端領域のいたるところに多数の微視き裂が発生したために応力が緩和され主き裂が進行しにくくなったことと,ガラス繊維によって進展を妨げられたためと考えられる。
 Bの領域は,繰り返し数,111,000 ー 117,000 cycle,き裂長さ, 7.962 ー 9.132mmの範囲で,急激にき裂が進展した。これは,主き裂がき裂先端領域の微視き裂と連結したためと思われる。試験中の観察において,微視き裂は,き裂先端領域に多数発生するが,それらはある程度進展してその後停止するもの,ある繰り返し数で突然進展するものなどいろいろの形態をとる。これはガラス繊維とマトリックスの幾何学的な関係が大きく影響していると思われる。
 Cの領域は,繰り返し数 180,000 〜201,000 cycle,き裂長さ, 10.049 〜 13.337 mm の範囲で,主き裂は,最初は軸方向のガラス繊維のために進行を妨げられて進展が停止していたが,ある繰り返し数で突然急激に進展を開始した。
 Dの領域は,繰り返し数 203,000 〜226,000cycle,き裂長さ, 13.553 〜13.65mmの範囲で,Aの領域と同様にき裂の進展が停滞している。
 以上のことから,き裂の進展状態はガラス繊維の存在に大きく影響され,そのために不連続的にき裂は伝播することになると思われる。
図4.FRPのき裂長さと繰り返し数の関係 図5 SS41材のき裂長さと繰り返し数の関係
(2). 疲労き裂伝播速度について
 金属材料などの場合に,疲労き裂伝播速度 dc/dNと応力拡大係数ΔKの間には
          
の関係があることが知られている。図6は本実験の結果である。比較のために図7にSS41材の場合も示した。不連続的な伝播のためき裂伝播速度は,応力拡大係数の変化に対してばらつき,この応力拡大係数の範囲では,傾きは大きく,上式には当てはまらないことが解る。
図6.FRPのき裂伝播速度と応力拡大係数の関係 図7.SS41のき裂伝播速度と応力拡大係数の関係

3.3 巨視的観察
 写真1は引張試験後のスリット付き試験片の破断写真で,白く変色した領域は,スリットの応力集中効果によってガラス繊維とマトリックスが剥離した領域である。
 疲労の場合は,写真2のように剥離した部分がみられるが静引張の場合より領域がかなり小さく,また横方向の繊維が白く浮き上がっており局部的に剥離したことを示している。写真3は疲労試験中のスリットの部分を拡大したもので,横方向の繊維が剥離のため白色に変化している。写真4は疲労き裂発生直後の写真で,スリット先端からき裂が伸び,繊維に沿ってき裂が進展し,また,繊維を横切る微視き裂も観察される。
 
写真1 引張試験による破断写真 写真2 疲労試験による破断写真
写真3. スリット近傍の様相 写真4 スリット先端部に発生した疲労き裂
3.4  破面観察
(1) 静的破面の微視的観察
 写真5は静引張の破面の電子顕微鏡写真で,スリット近傍である。マトリックスの変形が激しく,ガラス繊維が飛び出している。マトリックスの破面にはガラス繊維の回転によってできるハクルが観察される。また,写真6のようにガラス繊維の破面にはリバーパターンが観察された。写真7は白く変色した領域の断面部の写真であるが横方向の繊維が剥離しているのが観察される。この写真では縦方向の繊維の剥離は観察されない。 
 
(2) 疲労破面の微視的観察
 伝播の機構を調べるために,ある程度スリット先端から,疲労き裂が成長した後,疲労試験を途中で停止した。前述のように,疲労き裂の先端の応力集中域に相当する部分に,白い変色域がひろがった。赤インクを染み込ませた結果,この領域に広がったことから,この領域では,繊維とマトリックスが剥離し,内部ではき裂が連結していることが判明した。そこで,図8に示す@ーDの箇所から電子顕微鏡試料を切り出し,伝播中の各部の様相を調べた。
写真5.引張試験による破面写真 写真6. ガラス繊維の破面
写真7.白く変色した領域の断面 図8.試料採取位置

 写真8は@のき裂面と平行なき裂を含む領域のものである。スリットの一部があり,疲労き裂の一部が観察される。垂直方向の繊維の飛び出しがみられる。縦,横のいずれの繊維も剥離が進行している。写真9はAの主き裂先端から離れた領域のもので,繊維と繊維の間に微視き裂がみられる。この微視き裂はこの領域においてかなり多く観察された。写真10は,Bのき裂を含み,き裂面と垂直な断面のもので,表面近くの写真である。き裂は写真右側表面から厚さ方向に貫通している主き裂ものである。繊維と繊維の間をき裂が貫通している。内部でのき裂の状態は繊維の剥離状態によりかなり複雑になっていることが解る。写真から,き裂は,横方向の繊維を横切っており,縦方向の繊維のところで他の方向に遷移していることから,き裂の厚さ方向への伝播は縦方向の繊維の剥離状態に大きく影響されると思われる。写真11は剥離領域前方のCの領域のもので,多数の微視き裂が観察されるが繊維の剥離は比較的少ないようである。写真12は領域Dのもので,剥離は少ない。
写真8.領域@の電子顕微鏡写真 写真9.領域Aの電子顕微鏡写真
写真10.領域Bの電子顕微鏡写真  写真11. 領域Cの電子顕微鏡写真

 破断後の疲労破面を電子顕微鏡にて観察した。写真13はスリット先端部の破断面である。繊維がむき出しになっている部分は最後の繰り返し数で静的破断をしたものである。写真14は写真13の拡大写真である。軸方向の繊維と繊維の間のマトリックスは比較的平滑であり,また写真10に対応して,段差が生じていることから疲労き裂は剥離した軸方向の繊維と繊維の間を縦方向の繊維の剥離を媒体として進展していったことが解る。またスリット近傍の繊維はかなり飛び出しており,高応力のためにマトリックスが大きく変形したか,剥離がかなり以前に進んでいたかいずれかと思われる。写真15は疲労破面写真であるが横方向の繊維と繊維の間のマトリックスにはストライエーションと思われる縞模様が観察された。
写真12.領域Dの電子顕微鏡写真 写真13. スリット先端部の破面写真
写真14. 写真13の拡大写真  写真15. ストライエーション
5. jまとめ
 GFRPの引張試験と疲労試験を行い,破壊特性を調べた結果次のことが解った。
 静的破断のスリット無し試験片の場合,マトリックスと繊維の剥離は,ほぼ,平行部領域の全面に広がる。スリット付きの場合は応力集中域に剥離が生ずる。
 疲労試験の場合,繰り返し数とき裂長さの関係においては,き裂の成長はかなり不連続的に生ずる。これは,縦方向のガラス繊維の存在が抵抗となって成長が停滞することと,き裂先端領域に生じた微視き裂のため応力緩和が生じ,その後,主き裂と連結し急激に成長するためである。
 材料内部では剥離したガラス繊維層間でき裂がつながっており,表面き裂長さより内部のき裂長さは大きいことが確認された。このため,金属の疲労き裂伝播速度の式と異なった結果になった原因の一つと思われる。
 スリット近傍の両方向の繊維の剥離は応力集中のため激しく,また横方向のガラス繊維の剥離はかなり初期に生じ,マトリックスの疲労き裂の進展はこれらの剥離部分を媒体としておこり,ガラス繊維とマトリックスの剥離が疲労寿命に大きく影響すると思われる。マトリックスにはストライエーションと思われる縞模様が観察された。
八戸工業大学エネルギー工学科卒業論文平成元年「FRPの疲労き裂伝播特性について(第2報)」 斉藤毅、山口浩二君
昭和63年 「FRPの疲労き裂伝播特性について」 斉藤成俊、谷原弘茂君の一部より抜粋
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